ソファに二人で並んで座っている。なんて事ない昼の情報番組がテレビに付けっぱなしになっている。Lはいつものあの体勢で、でかい目をさらに大きく広げてそれに見入っている。
みのもんたの何がそんなにおもしろいんだか。
でも、俺もそんなLをじっと飽きずに見てるわけだから、お互い様ってやつか。
CMが明けるところで、Lが右手の甲で目をゴシゴシと擦った。
あれ、こいつさっきも眼ぇこすってなかったか?
みのもんたがもったいぶって答えを見せる前、カメラが客席のおばさんたちにパンしたところでLはまた目を擦った。
「L、お前、眼どうかしたのか?」
「……眼、ですか?」
我に返った、みたいなカオでLは振り返って瞬きした。そのまま首を傾けて、眉根を寄せて瞬きを繰り返す。
「なにか、異物感がありますね。そういえば」
「ゴミでも入ったんじゃねぇの? 見せてみろよ」
肩に手をかけてこっちに引っ張るとLはころんと転がって俺にひざまくらの状態になった。
おお、いい体勢だ。
先手必勝、Lが起きあがる前に俺は覆い被さるように上から顔をのぞき込んだ。白い頬をふにふに触りながらまぶたを親指で押さえる。異物感の原因はゴミではなかった。下まぶたの縁にでっかい『ものもらい』が出来ている。ほっといてももうすぐ潰れそうだ。大したことない。
そんな事より気になるのは、まぶたの裏側のピンクと白い眼のコントラストだ。濡れた柔らかそうな肉の感じが、グロいというより、生々しくてエロい。
「……なに鼻の穴広げてのぞき込んでるんですか。ゴミは見つかりました?」
「あ? ああ、ゴミじゃなくて、でっかいものもらい出来てるぞ。」
鼻の穴広がってただろうか?
俺はあわてて返事した。
「ものもらい……ですか?」
「あれ、L、まさか『ものもらい』知らないのか?」
「知ってますよ。子供の頃よくなりました」
頬に触れる俺の手を邪魔そうに払いのけてLは体を起こした。形状記憶でもしてるみたいに再び膝を抱える。
くそ、せっかくのいい体勢が。
「ちなみに関東以北では『ものもらい』ですが関西では『めばちこ』、もっと西に行くと『めいぼ』って呼ぶところが多いんです。正式な病名は『麦粒腫』、化膿性の炎症です」
「あ……そう」
ホント負けず嫌いだよ。こいつ。ものもらいを知らないと思われるのがそんなに悔しいだろうか。
「それにしても、面倒です。病院に行かなくては……」
親指で下唇に触れながら面倒そうにLは言う。
「ちょっとまてよ、病院いくのか? ものもらいでわざわざ?」
Lはきょとんとした。
「行きませんか? 子供の頃はよく連れて行かれましたが」
ワタリさんみたいな世話係に病院まで連れて行かれるチビなLは簡単に想像がついた。
「でも、普通はいかねぇだろ。ほっときゃ潰れるし。ほら、目薬」
テレビの上に置きっぱなしだった目薬を、俺はLに渡した。
「さっき見たらそろそろ潰れそうだったからな。潰れたらちゃんとコレで洗い流せよ」
Lは手の中の目薬を凝視している。
「……本当に行かないんですか、病院」
「放っといて大丈夫だって。
それどころか俺のガキの頃なんか、目が痛い目が痛いって騒ぐとさ、うるさいって親父が縫い針持ってきて、俺を押さえつけて無理矢理潰そうとするんだよ。ブスッてものもらいに針刺して。そのうち目が痛くても親には黙ってるようになったな、俺」
Lは信じられないといった顔だ。
俺は人食い人種か何かかよ。
ちょっとからかってやりたくなった。
「……さってと」
俺は急に立ち上がった。びくっとしたようにLが身を縮める。
「なんだよ、俺が針取りに行くと思ったか? そんなおびえなくても、昼飯にしようと思っただけだぞ。」
「……別に、おびえてなんていませんよ」
拗ねたように顔を背けたが、両手はきつく膝を抱き寄せている。
「飯、そうめんでいいよな?」
「それは構いませんが、あの……」
目薬と俺の顔を交互に見比べている。放っていかれるのが不安なんだ。
「ひょっとして、目薬自分でできないのか?」
「……できますよ」
再び拗ねたようにぼそっと呟く。
「じゃ、俺いなくてもいいよな」
俺はくるりと背中を向けた。
このタイミングでLに一人で頑張る決意を固めてもらってはおもしろくない。この辺は賭だ。
一歩踏み出す前に勝敗はついた。
「…………あの言い忘れた事があるんですが」
俺は賭に勝った。一瞬ニヤッとしたのを隠してから振り返る。
「何?」
「ええとですね。『ものもらい』のことイギリスでは『sty(スタイ)』っていうんです。でも『sty』には豚小屋なんて意味もあるんです。どういうつながりがあるのか、興味が湧きますよね」
どうにか呼び止める手段がコレ。こいつ、本当に世界の警察のトップに立つ男だろうか。事情聴取の相手に変態とか言われてるんじゃないだろうか。
「じゃあ、こっちも言い忘れた事だけど、『ものもらい』って欲しいものがあるときになるんだとさ。一説にはそれが名前の由来」
「そうなんですか。知りませんでした」
俺はソファに戻ってLの隣に座った。
「というわけで、L、お前欲求不満だったんだな。気づいてやれなくてごめんよ」
「……ちょっと待ってください。何でそうなるんですか?!」
俺の腕の中で、Lはじたばたと暴れた。