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風呂は私だけ先に出た。
彼は残って後片付けをしている。
髪の先から垂れるしずくをバスタオルで受け止めながら、リビングのソファに座る。
彼はこのソファを気に入っているらしく、初めて行ったときもやはりこのソファがあった。
彼の家、と言うと連想するのはこの二人がけの黒いソファだ。

身体が重い。
情事の後の気怠さというやつか。
無意識に紡ぎ出した言葉の意味を、私は少しおくれて理解した。
我ながら何て言葉を口にしているんだろう。
思わず髪を拭いていた手が止まった。
何か複雑な感情が心を満たす。
照れくさい。気恥ずかしい。馬鹿馬鹿しい。情けない。
私の心はどれとも違うようだ。彼と関わるとどうも冷静でいられなくなる。
ただとにかくじっと座っていられなくなり、私はぱたりとソファに身体を投げ出した。
ビニール地が頬に触れる。

クッションとクッションの隙間が目についた。
入ったときから、部屋をつい最近大あわてで片づけた事には気がついていた。
元々あまりきれい好きではない人間があわてて表面だけ取り繕ったから、こんな所にはやはりゴミが残っている。
髪の毛、切符、切られた爪、ビニール包装の袋の切れ端、それから………
これはいったい何の欠片だろう。
私はそれをつまみ上げて手に取った。
一辺5mmほどの三角形。球面の一部のようだ。色は球面の外側にあたる方が赤みがかったオレンジ、裏側は白。
スナック菓子の欠片? それにしては硬そうだ。
体を起こしてあたりを見回す。
6畳弱のリビングの南西の片隅に置かれたソファ、正面にはローテーブル、テーブルの上にはノートパソコン、
壁際にテレビ、ビデオ、ゲーム機。他に家具らしき家具は無し。
おそらくここが、彼が部屋の中で一番長い時間を過ごす場所だろう。
彼はいつもここで何をしているだろう。
それを考える事がこの欠片の正体を知るヒントになる。

答えは探し出して辿り着くものではない。
意識的に出来るのは答えに近づく事だけで、後は答えがこちらに飛び込んでくるのを待つしかない。

私は答えを得た。
解ってしまえば単純で、疑いの余地もない結論。これは「柿の種」だ。
ソファに座って柿の種をつまみにビールでも飲みながらテレビを見ていたのだろう。
私はあまりアルコールをとらないし、辛いものも好きではない。
だから私のいるときは付き合ってそんなもの口にしないけれど、別に彼はアルコールも辛いものも平気なのだ。
忘れていた。
実際、台所には空の缶ビールがあったし、
一緒にソファに挟まっていたビニール包装の切れ端もなにか食品を包んでいたものだろう。
彼が一人で柿の種でビールを飲んでも少しも不思議ではない。

少しも不思議ではないが、すんなり納得するには少し抵抗があった。
何が気に入らないのだろう。
彼が私の予想外の行動をしていたからだろうか。
我ながら幼稚な負けず嫌いだ。

そうですね、年の割にちょっと親父くさいかもしれません。
普段の行動も、少しエロ親父気味ですしね。

心の中で自分に訂正を入れた。
これを面と向かっていったら彼はどう反応するだろう。
想像すると可笑しかった。
手の中の欠片をゴミ箱に捨てると私は再びソファに身体を倒した。

そうか、彼はここに座ってテレビを見たりビールを飲んだりしていたのか。

リンド・L・テイラーを使ってキラに殺してみろと言ったときも、
第二のキラが私の命を要求したときも、
彼はここでそれを見ていたのだ。
一体何を思っただろう。
彼の事だから、また、一人で大げさに心配したかもしれない。
それとも私が負けるわけないと信じていてくれただろうか?

行動なら物証から推理すればわかる。
思考や動機も行動から類推できる。
けれどそのさらに下に潜む感情を知る事は難しい。
その時一体彼は何をしていただろう。
一晩だって知る術はないのに、それが連続180回。
なるほど、彼が言うとおり長すぎる。
何を思っただろう。
何を感じていただろう。
今の私にはわからない。

不愉快だ。つまらない。気に入らない。腹立たしい。悔しい。悲しい。寂しい………

「……寒い……」

湯冷めしたんです、きっと。

私は両足を引き寄せて胸元で抱え込んだ。
バスタオルを頭からかぶると、あたりは静かになった。


「おーい。L? 寝ちゃったのか?」
耳元で彼の声がする。
いつの間にか眠っていたようだ。
「おーい、L、プリンあるぞ。起きろー」
プリンにつられるほど子供ではない。
第一、ここで起きたらまた大変な事になりそうだ。
私は寝たふりをすることにした。
「駄目だなこりゃ。
 ったく、子供じゃねぇんだから、髪ぐらい乾かしてから寝ろよなぁ」
ソファが揺れて、彼が隣に座った事がわかった。
ふわ、と、上半身が持ち上げられて、なにかあたたかいもの上におろされる。
彼の膝の上だ。そこで、ぐしゃぐしゃ髪をかき混ぜるように頭を拭かれた。
全く乱暴なやり方だ。これが眠っている人間に対するやり方だろうか?
けれど彼はそんな事お構いなしだ。
「だいたい、ただいまの挨拶もまだなのに寝ちまうやつがいるかよ。この、傍若無人の塊め。
 どーせお前の事だから、
 俺がどんだけ心配したかとか、どんだけお前が来るの待ってたかなんて全部お見通しで、
 バカが一人で勝手にイラナイ心配してると思ってるんだろ。
 あぁくそ、人の気も知らずに…ってぇかお見通しで、カワイイ顔してすやすや寝やがって。」
ふに、と、頬をつままれた。
はじかれたように私は起きあがった。
「思ってませんよ。そんな事」
「え、Lお前起きてたのか?」
彼はぽかんと口を開けた。
「あんなに乱暴に髪を拭いたり頬をつまんだりすれば誰だって起きます。
 それに黙って聞いてればヒトを人外の生き物みたいに
 待っていたのなら掃除ぐらいこまめにしておいたらどうです?
 一人で柿の種つまみにビールなんか飲んでいないで
 どこかの疲れたオジサンじゃないんですから」
「ちょ、ちょっとまて、オジサン?! 俺たぶんお前より年下だぞ?!
 てか、何で俺の行動バレてるんだ?
 だいたい、お前何で怒ってるんだよ?」
答える前に一度、意識的に呼吸した。
「別に、怒ってなんていません。言いたい事を矢継ぎ早に言っただけです」
彼はあっけにとられたように固まっている。
なんだか急に馬鹿馬鹿しくなってしまった。
私が彼の感じていたものを知らないように、彼も私を理解しない。
「……もういいです。
 一眠りしたらおなかが減りました。
 プリンがあるんでしたよね。いただけますか?」
「……てことは、お前最初っから寝たふりしてたな」
話題を変えたかったが彼は食い下がった。
「だから、それはもういいです」
「そう言われてもなあ……」
彼は二、三度頭を掻いた。
「……あ、大体わかった」
一人で呟くと立ち上がって、プリンとスプーンを片手に戻ってきた。
わざわざ正面に回り込んで私の顔をのぞき込む。
「ほれ、プリン」
ズイっとスプーンを載せたプリンカップが突き出された。
「お帰り、L。俺はずっとお前に会えなくて寂しかったぜ。お前は?」
そう言って笑う。
何を期待されているのだろう。
言いたい事はある、ような気がするが、適切な言葉が見つからない。
私は黙って右手を差し出したが、彼は渡そうとしない。
返事を促すようにプリンが左右に振られた。
「ただいま。……………後は以下同文です」
彼はぷっと吹き出した。
「なんかもう、俺がおっさんなら、お前は小学生並みだな」 
「そのぐらい、知ってます」
二人ともわかっている事なのに、何故わざわざ言葉にしないと気が済まないのだろう。
私はやっとプリンを受け取った。









日本酒+さきいか、ビール+柿の種が好きな奴が書いている。
おしゃれじゃなくてゴメン、L。


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